デス・オーバチュア
第213話「双璧の守護騎士」



「まあ、あんなもんだろうな」
ルーファスは、意地悪げな微笑を浮かべた。
場所は変わらずクリアの王城の一室。
リーヴのお仕置きを終えたルーファスは、メイル・シーラとカーディナルの戦闘、アーシュロットの乱入と……全てを『視て』いた。
「なかなか上出来な人形だな……笑えたぞ」
チェスの駒を指で弄びながら、リーヴに視線を向ける。
「……遠回しな……嫌みに聞こえるのは……気のせいか……?」
リーヴは、何をされたのか、ソファーにぐったりと倒れ込んでいた。
「いや、結構忠実に再現できていたんじゃないか? 相手が悪すぎて、やけに弱っちく見えちまうがな」
「……そうか……?」
「なんだ、自分の作った人形に自信がないのか? 自分の腕が信じられなくなったら終わりだぞ、人形師?」
ルーファスは、とても意地悪く言う。
「いや……完璧以上に作ったつもりだった……自信もあった……だが……」
「実際に戦わせてみたら、とても弱く見えた……か?」
「…………」
図星だった。
「能力数値(ステータス)の再現は完璧だよ。もしかしたら、あの当時のあいつよりも上かもな……その上、自らの特異能力も自覚して自在に使いこなしている……だが」
「だが?」
「オプションが駄目なんだよ。まあ、面白い武装(オプション)てのは認めるがな。あの棺なんか特に傑作だ、最強の盾で乗り物、しかもちゃんと棺(ベッド)と武器入れにもなる便利さ……アイディア賞ものだな」
ルーファスはとても楽しそうである、余程あの棺が気に入った(面白かった)のだろう。
「南方大陸産の籠手剣(パタ)に、魔導時代の骨董品(アンティーク)なガドリング砲か……よくもまあ、そんなレアな武器ばかり集めたものだ……遊びすぎだ」
「……最初はシャムシールか、タルワールといった湾刀にする予定だったが……せっかく、ガドリング砲を填め込み式にしたのでな……接近武器も填め込み式の物にしてみた……そうだ、マンプル(籠手三又剣)なんかも面白かったかもしれないな……追加武装として用意して……」
リーヴは大分回復してきたのか、楽しげに思索しだした。
「遊びすぎだ……だから、弱いんだよ」
「……ん、どういう意味だ?」
「あいつが弱いのは、武器がお前が趣味(遊び)で選んだ玩具だからだ。それなりの魔剣、聖剣でも持たせてやれば、お前の期待以上の性能(スペック)になるはずだ……」
「魔剣聖剣の類か……やはり、そこか?」
「ああ、伝説クラスの武具ってのは強い攻撃力を一律に使用者に与えるわけじゃない。使いこなした時に初めて凄まじい相乗効果を出すものなんだよ」
「……ふむ、つまり……」
「ああ、魂殺鎌無しのタナトスよりはちゃんと強いよ、あの人形。魂殺鎌持ったタナトスには瞬殺されるだろうけどね」
そう言って、悪戯っぽく笑う。
「なるほど、あの死神は大鎌があってこそ強いのか……」
「完璧なあいつの人形を創りたいなら、魂殺鎌も創ってみせるんだな」
ルーファスは最高に意地悪な微笑を浮かべていた。
「くっ……」
なんて意地の悪い男だろう。
自分の失敗……根本的な勘違いを、思いっきり嘲笑っているのだ。
こんな男を愛している自分はどうかしている。
「そう拗ねるな……あいつの人形を創ったことが気に食わなかったが……あの人形自体は気に入ったからちゃんと貰ってやるよ。ある意味オリジナルよりも、面白い装備と設定(性格)しているからな」
どうやら、メイル・シーラ自体はルーファスに大変気に入られたようだった。
「……そんなにメイル・シーラが気に入ったのか? あの死神をモデルにした人形だという不快な事実を帳消しにする程……?」
ちゃんと気に入られて、引き取ってもらえるというのに、なぜか、リーブはムッとするというか、不愉快に感じてしまう。
「なんだ、人形に嫉妬か?」
「ふ、ふざけるなっ!」
リーヴが怒鳴ると、ルーファスはあはははっと楽しげに笑った。
「面白いな……タナトスの性格をちょっと弄るとああなるのか? 自虐……自身にぶつける厳しさを、他人にぶつけると……あんな意地悪で毒舌で攻撃的なキャラになるのか……いいね、性格の悪い女は割と好きだよ、俺は」
「むっ…………」
認めたくないが、確かに、自分はメイル・シーラに嫉妬しているのかも知れない。
なぜなら、ルーファスがメイル・シーラを誉める度に、どうしょうもなく不愉快になるからだ。
「少なくとも、媚びたり、甘えてくる奴よりは断然いい」
「……ひねくれている……」
リーヴは百も承知だったことを、改めて実感する。
この男はどこまでもひねくれている、だから、例えば、自分に激しい愛情をぶつけてくるフィノーラ等はウザがるのだ。
愛されること、甘えられること、懐かれること、全てが彼にとっては不快でしかない。
彼は自分が気が向いた時に、一方的に可愛がることができればそれで満足なのだ。
普通の人間のように、愛し愛されたいなどとは望みもしないし、そもそもそんな感情は理解できないのだろう。
「お前のせいで俺を逆恨みしている炎の悪魔……エリュウディエルの娘……あれも悪くはない……からかい甲斐、虐め甲斐がありそうだ」
「なっ……」
この男、意外と気が多いのかもしれない?
玩具は多ければ多い方がいい……といった蒐集(コレクション)真理だろうか?
「それに、あれは強い……本当に相手が悪かったな、人形は……」
「……人形越しに会話しただけだが……あそこまで強いとは思わなかった……私でも勝てるかどうか……微妙だ……」
「微妙ね……謙虚なんだか、自信家なんだか……でも、あいつもここまでだな」
「……どういう意味だ?」
「相手が悪いって意味だよ」
ルーファスは意味ありげに微笑すると、盤上に女王の駒を置いた。
「相手が悪い?」
意味が解らず、リーヴは鸚鵡返しする。
「クリアの女王は……チェスで言うところの『女王』ではなく『王』な存在だ。チェスの『女王』に当たる戦力を持つのは魔法使いな宰相閣下殿……そして、『女王』には常に二体の『騎士』が付き従う……」
そう言って、ルーファスは女王の駒の前に、二体の騎士の駒を配置するのだった。



「ふん、貴様もこの国の関係者か……」
カーディナルの背後の炎巨人(ギガンテック・ファイア)は、切断された右手首を瞬時に再生させる。
より正確に言うなら、減った分を火勢を増して補充し、形成し直したといったところだ。
おそらく、炎巨人は、どれだけ損傷を受けようと、カーディナルの炎(力)さえ尽きなければ、何度でも瞬時に全快するのだろう。
炎巨人は生物で物でもなく、カーディナルという存在(力)の象徴、具現、化身なのだ。
「ええ、宰相と宮廷魔術師をさせていただいています……」
エランは、圧倒的な威圧感と熱気を放つ炎巨人を前にしながら、戦闘態勢どころか、椅子から立ち上がろうともせず、落ち着き払っている。
「ほう……それはまた重要人物だな」
カーディナルは、微かに興味を覚えたのか、愉しげな笑みを浮かべた。
「いえいえ、気安くエランとお呼びくださって結構ですよ……悪魔の王女カーディナル様」
エランは穏やかな微笑と共に、カーディナルの名と肩書きを口にする。
「むっ……我を知っているのか……?」
「ええ、赤の悪魔騎士にして赤の枢機卿……悪魔王の一人娘……いえ、分身? それとも剣でしたか?」
「貴様……人間如きがなぜ、そこまで知っている……?」
いつの間にか、カーディナルの顔から笑みが消えていた。
「さあ? 人間だからこそかもしれませんね?」
はぐらかすつもりなのか、エランはそう言って笑う。
「……まあいい……我は本来、貴様らに……この国に何の興味もない……」
「……では、お引き取りいただけるのですか?」
「いや、罷り通らせてもらおう……ビックファイア!」
名を呼んだ時にはすでに、炎巨人がカーディナルを擦り抜けるようにして前へと飛び出ていた。
炎巨人の右手が、エランを薙ぎ払おうと振り出される。
腕が振りきられた瞬間、凄まじい爆音と爆炎が発生した。
「なるほど……」
爆炎が晴れると、エランの前面の空間に、藍色の五芒星の魔法陣が彼女を護る壁のよう浮かび上がっている。
「ただ軽く手を振っただけで、この威力と炎ですか……」
振り出された右手が通過した大地を紅蓮の炎が焼き焦がしていた。
「五芒星の障壁か……スタンダートな術を使う魔女だ……」
カーディナルは、炎巨人の挨拶代わりの『一撫で』を耐えたエランに興味深げな眼差しを向ける。
「魔女? 確かにそう呼ぶ者もいますが……魔法使いと呼んで欲しいですね」
エランが指を鳴らすと、五芒星の障壁が消滅した。
「ふん、我にとっては、人の使う魔術も魔法も大差ない……所詮は、我ら悪魔か、天使の猿真似の力だ」
「言ってくれますね……人間に対するその見下し……如何にも高次元存在に相応しい……」
そっと差し出されたエランの右手には藍色の蛇が絡み付いている。
「銃(スクロペトゥム)!」
エランは藍色の蛇が転じた巨大な銃の引き金を引いた。
超高出力の藍色の光が炎巨人の頭部を跡形もなく吹き飛ばす。
だが、次の瞬間には、首の付け根の部分から炎が噴き出し、新たな頭部が形成されていた。
「ふむ……」
エランは続けざまに引き金を引く。
藍色の光は、炎巨人の左肘と右肩を吹き飛ばし、さらに、左胸を撃ち抜いた。
しかし、左腕は肘から、右腕は肩から爆発的に炎が噴き出し、一瞬にして新しい両腕を構築してしまう。
無論、左胸の大穴もとっくに塞がっており、人間で言えば心臓の存在する部分を撃ち抜かれたにも関わらず、炎巨人には欠片のダメージもないようだった。
「無駄だ……せめて、一撃でビックファイアを全て吹き飛ばせるだけの出力が無ければ話にもならん……」
「復元の際にもあなたの力は殆ど失われていない……」
ただデタラメに攻撃していたわけではなく、エランは冷静に分析をしていたようである。
「ああ、復元などほんの僅かな弾み程度の力で事足りる……では、次はこちらの番だな?」
炎巨人がその巨体からは考えられない速度で動き、エランに向けて右拳を振り下ろした。
「パリエース!」
エランの上空に巨大な盾が出現し、振り下ろされた炎の拳を受け止める。
「盾? 使い魔か?」
「ええ、そのとおりですよ」
巨大な盾は藍色の光と化すと、エランの右横に降った。
降った光は藍色の毛皮を持つ大きな犬に姿を変える。
「よしよし、良い子ですね、パリエース」
エランは優しい微笑みを浮かべて、藍色の犬の頭を撫でた。
彼女は椅子に座ったまま一歩も動いていない上に、あまりにも冷静なせいで、戦闘中といった緊張感がまるでない。
「……どうやら、貴様は子供や人形とは格が違うようだな……少しだけ本気を出すとするか……ビックファイア!」
炎巨人の全身を形成する炎が、カーディナルに呼応するように、激しく燃えさかった。
「灼き砕けっ!」
「んっ!」
まったく同時に、炎巨人が右拳を打ち出し、エランが五芒星の障壁を再度形成する。
五芒星の障壁に炎の右拳が叩きつけられた。
凄まじい爆音が響き渡り、紅蓮の炎が飛び散る。
「くっ、先程とは威力が段違いですね……」
「ふん」
炎の右拳が引き戻され、代わりに炎の左拳が打ち出された。
拳が障壁に激突し、飛び散る炎と共に爆発的な衝撃が走る。
「くっ……」
「散れ」
三発目……炎の右直拳(ストレート)が、五芒星の障壁を硝子のように打ち砕いた。
「しかし、三撃もかかるとはな……やはり、まだまだ出力が上がらぬか……」
炎巨人が両手を組み合わせる。
「くっ、パリエース!」
組み合わされて鉄槌のように振り下ろされた両手に、藍色の犬(パリエース)が巨大な盾に変じてぶつかっていった。
衝撃は炎巨人の鉄槌の方が遙かに上だったようで、巨大な盾は、エランの眼前を掠めるようにして大地に叩きつけられる。
「これでもう、貴様を守るものは何もない……終わりだ」
炎巨人が軽やかに跳躍した。
そして、両足でエランを踏み潰そうと降下してくる。
「ふう、仕方ないですね……顕現(けんげん)を許します、我が双璧よ」
炎巨人の両足がエランを踏み潰そうとした瞬間、青と赤の爆発的な閃光が走った。


「馬鹿な……我がビックファイアが……完全に掻き消されただと!?」
炎巨人の姿がこの世界から完全に消失している。
「……それは何だ? それの仕業か……?」
消失した炎巨人の代わりのように、エランの背後にそれは居た。
青と赤。
二体の巨大な甲冑が、エランの背後に控えるように存在していた。
巨大といっても、掌にカーディナルを乗せられる炎巨人ほどのデカブツではない。
正確な全長は解らないが、だいたい3mぐらいの大きさだ。
「魔導機? いや、それにしては小さいか……」
その形態(フォルム)から、カーディナルが連想したのは、コクマ・ラツイェルの『レイヴン』などの巨大な人型魔導兵器である。
「紹介しましょう、我が双璧の召使い(サーヴァント)、青の守護騎士ヴァル・シオンと赤の守護騎士フレア・フレイアです」
「……サーヴァント? 下僕?」
カーディナルは、見極めるように、エランの背後の二体を改めて凝視した。
まず、青一色の甲冑……これは騎士の全身鎧といった感じである。
少し変わっているのは赤一色の甲冑の方、こちらは細い腕が六本生えていた。
基本的には青い甲冑と同じ騎士の全身鎧なのだが、細い六本腕を一番の特徴に、青よりスマートでどことなく女性的なデザインをしている気がする。
青と赤の甲冑はそれぞれ、身長と同じぐらいの長さのクーゼ(豪奢な模様の刻まれた刃渡り80p以上のグレイブ)を装備していた。
「……まあいい、どの程度の実力か見せてもらうか……ビックファイア!」
カーディナルの背後に爆発的な火柱が噴き出し、瞬時に新たな炎巨人を形成する。
炎巨人は、カーディナルの炎(力)さえ尽きなければ、何度でも簡単に呼び出す(生み出す)ことができるのだ。
「なるほど……流石に、零から作り直す際にはそれなりに消耗するようですね」
エランは、カーディナルの力の変動……消耗を見逃さない。
「ふん、確かに我が炎とて無限ではない……だが、まだまだ我が炎は尽きぬぞ!」
「前の巨人より速いっ?」
「灼き払えっ!」
炎の右手が地を這うように振り上げられた。
振られた手の軌道を追うようにして、荒れ狂う紅蓮の炎が地を駈ける。
赤い甲冑がエランを庇うように前に飛び出した。
紅蓮の炎は、赤い甲冑に直撃する。
「……我が炎が通じぬだと?」
直撃したにも関わらず、赤い甲冑は焼けも傷つきもせず……まったくの無傷だった。
「ならば……」
炎巨人が左足で蹴りを放つ。
「燃えぬなら砕くのみっ!」
しかし、炎の左足は赤い甲冑に届く前に、膝から切り落とされた。
切断したのは、いつのまにか動き出していた青い甲冑のクーゼによってである。
「貴……」
「デッドエンド!」
二体の甲冑がそれぞれ、炎巨人の右横と左横を駆け抜けた瞬間、炎巨人はバツの字に斬り捨てられ、次いで弾けるように霧散した。









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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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